moraTorIamプログラマ

情報工学科の大学生が1年休学して東京でITについて勉強

22年の5人、23年の27人

22年の人生で離れ離れになって涙を流した人が5人いる


1人は小学校の同級生で、医者の息子だから私立の中学に行ったやつ

2人は高校の同級生で、アメリカの大学に行ったやつと、初めて告白してLINEで別れを告げられたやつ

1人は一緒にバイトして、一緒にランニングして、一緒にご飯食べたりしてほぼ毎日一緒にいて、俺が三重にいた頃に東京の大学に編入したやつ

もう1人はクリスマスに告白してクリスマスに別れを告げられたやつ


何よりも手放したく無かったけど、幸せを願った人達


東京に来て3人増えた


8月には19人増える


8月がちょっぴり怖い

死を意識して生きる

何から話せばいいかわからないが、僕は明日死ぬことを意識して今日を生きている

 

こういうことをいうとまるで僕が自殺志願者のように見えるかもしれないが、そういうわけではない

 

死が怖くないわけでもない

 

一度、人間が全員今の瞬間から不老不死になったらと考えてほしい

 

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マイケル・サンデル教授の「正義の授業」

Youtubeで懐かしい動画を見ていた

 

ハーバード大学で行われる「正義の授業」

 

中学生の時にNHKで放送しているのを見て感動したのを覚えている

 

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休学から4ヶ月が経って感じたこと

8月の中旬に三重から東京に引っ越してきて、4ヶ月が経った

 

この4ヶ月は僕の人生におけるどの4ヶ月よりも濃いものだった

 

8月の終わり時点での僕は、大学の授業でC言語をやってきたのみでWebアプリケーションなど作れなかった

それからの4ヶ月でHTML、CSSJavaScript(勉強中)、Git、RubyRuby on Railsを習得してきた

 

半年前までの怠惰な学生生活を送っていた自分では得られなかった出会いや経験が他にもたくさん得られた

 

先ほどこんなブログ記事を見つけた

hrblog.basicinc.jp

 

昔から歴史の年号や人の名前を覚えるのが苦手だったので記憶力が悪いとずっと思っていたが、それは自分の強みの裏返しだったのかもしれない

 

特に傾向5の「やる意義に同意しているものとしていないものではアウトプットの質に天と地ほどの差がある」がこの4ヶ月を充実したものにしてくれていたと思った

理解できるものではなく、納得できるものこそが自分のすることなのだと再認識した

 

なぜ働くか?

 

インターンをしていると自分が実装した機能を実際に使ってもらえたり、プログラミングについて教えた人がどんどん成長していく様子を側で見られる

それを受けて、どう実装、工夫したらユーザーは喜んでくれるかを考える

でもこれは趣味やボランティアでもどうにかなる

働かなくちゃいけない理由、仕事でしか得られないものではない

 

では、単純にお金だろうか?

 

違う

 

今の時代、仕事をしなくたってフリマアプリのせどりアフィリエイトで稼ぐことだってできる

僕ならそうする

ならば僕にとってお金は仕事をする絶対的な理由にならない

 

 

仕事でしか得られないものは

「一人ではできない規模のことを、一人ではできない速さで、日本中や世界中のユーザーに届けられること」

 

偉そうに言うようなことではないが、この言葉は自分の経験に裏打ちされた納得のいく言葉だ

4ヶ月前の自分ならそうじゃないかなくらいには言えていたと思うが、それは論理的な理解であって納得ではない

 

仕事って楽しい

 

世間では「働き方改革」と称して残業時間を減らしたり、様々な仕組みを取り入れているが単純に早く帰ったからといって仕事がなくなるわけじゃないし、がっつり働いて会社に貢献したい人もいる

 

この改革の根底にあるのは仕事=辛いことと言うイメージだ

 

中学校の時に「働くこととはどう言うことか考えてみよう」という道徳の時間みたいなのがあった

それぞれが興味のある職業について調べて、体験をしてその感想を書くというものだ

その感想に僕はこう書いたのを覚えている「仕事はやりがいのあるもので、どんな些細な仕事の中にも感謝されることがあると思います。」

こんな言葉は教師に向けた、ていのいい言葉でしかない

 

本当の感想はこうだ

「これは職業体験と称しているが、実態は中学生が1週間職場にお邪魔してお手伝いをするレクリエーションなので仕事の辛さも緊張感もわかりはしないし、何の学びもないおままごとだ。多分、仕事はつまらなくて、辛いお金を稼ぐ手段だ」

 

中学生の自分に責任を取る能力はないから、重要な仕事を任せることなんてできないことはわかっていた

父も母も共働きで、疲れてイライラして家に帰ってくる姿を見てきた

だから仕事はお金を稼ぐための手段と考えてきたし、そのためにいかに楽をするか考えていた

 

しかし、もし中学生の頃の自分に声をかけられるとしたらこう言いたい

「仕事は本当は楽しい。社会に影響を与えられる数少ない手段だ。しかし、楽しい仕事はそれぞれ違って、きっと世界のどこかに隠れているから自分は何で人々を幸せにしたいかよく考えよう」

 

 

やるべきなのは、やるべきことでなくやりたいこと。

過去に学び、今を生き、未来に委ねる

 

中学時代をいい高校に入るために過ごし、高校時代をいい大学に入るために過ごし、大学時代をいい会社に入るために過ごし、いい老後を送るために働く

 

そこに自分の意思はあるだろうか。今は親も教師も知らない働き方も、生き方もたくさんある。

 

もう高度経済成長もバブル経済も過ぎ去ったのだ。機械のように作っては出荷するだけで世界の中心となれる時代ではない。

 

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