moraTorIamプログラマ

情報工学科の大学生が1年休学して東京でITについて勉強

死を意識して生きる

何から話せばいいかわからないが、僕は明日死ぬことを意識して今日を生きている

 

こういうことをいうとまるで僕が自殺志願者のように見えるかもしれないが、そういうわけではない

 

死が怖くないわけでもない

 

一度、人間が全員今の瞬間から不老不死になったらと考えてほしい

 

 

今日1日をどう過ごすだろうか?

 

ご飯を食べなくても死なないのなら、僕はご飯を食べないのかもしれない

 

ご飯を食べないのなら、お金をそれほど稼がなくてもよくなって、アルバイトで毎日生活するかも

 

明日旅行に行こうか?いや、時間は無限にある。また今度にしよう

 

ゲームをしようか?本を読もうか?いや、今でなくてもまた今度でいい

 

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こんな生活に意味はあるだろうか

 

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死なないのなら時間は無限にあり、無限にある時間の過ごし方も無限にある

 

誰も死なないので誰とどれだけ仲良くなってもいい、誰とも関わらないのもいいかもしれない

 

今までに作られた映画を全て見ることも、全ての本を読むこともできるかもしれない

 

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そんな世界に突然死が戻ってきた時、人々はどうするだろうか

 

限られた時間の中で出会える人や訪れる場所や、読める本、見れる映画

 

その全てが自分にとってかけがえのないものになる気がする

 

死が生に価値をもたらす気がする

 

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別に死を特別美化するつもりはない

 

ただ、生と死は等価で一方向でしかないという理解をしているかしていないかで、生き方に違いが出てくると思う

 

 

 

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ここからは蛇足だ

 

 

 

僕は死んだ後に何を残せるかを常に考えている

 

本当は世界中の人が全員幸せであってほしいと思っているが、実際自分にできるのは自分の周りの少しの人たちを幸せにできることだと感じている

 

僕は自分は輪の中にいなくて、輪の外から輪の中にいる人たちが笑顔でいるのがすごく好きだ

 

これは子供の頃からある感情だ

 

輪の中で一緒に笑うよりも、外で見ていたい

 

それはコミュニティを維持する上で、必ず裏で支えたり、時には悪役を演じなければならない時があることを知っているからだ

 

そういう役まわりが僕は好きだ

 

自分が死んでからも周りの人を幸せにし続ける団体やシステムであれば、天国からその人たちを見て幸せでいられる気がする

 

そのためにはコミュニティやシステムを、属人化せずに時間に関係なく維持する必要がある

 

なぜそのコミュニティが存在するのか、活動の意義は?

そういうことが薄まらずに受け継がれていく必要がある

 

そういうものを作りたい

 

そんなことを日々考えている